制限なきところに、いいものは生まれない

東京都のオリンピックマラソンが札幌に移動してしまうというニュースが話題になっています。

当初、小池都知事は「北方領土でやれば?」的な発言をされてました。

今回のように、巨額なお金を用いる事業では、当初の予定よりも予算が膨れ上がったり、なにこれ?ってものが生み出されたりしているものです。

デフォルトのように「予算が膨れ上がる」なんて、果皮濃い人たちが試算した事前調査はどうなってんの?って思ってしまうくらいです。これも、上限がしっかりと決まっていない・制限がないことによる問題だと感じています。

なによりも物議をかもした、謎の「日傘帽子」。

これに一体いくら使ったんだろう?と感じざるを得ません。

そもそも、営利目的でないので制限がしっかりしないし、その事業規模が大きいために、読みにくく、すぐに予算を超えてしまうんでしょうが、このようなものを見るために、やっぱりある程度の「制限」は必要なんだなぁと感じてしまいます。

時間的・金銭的制限

時間的制限といわれて、パッと思いつくのはプレゼンです。

みなさんも経験があるかもしれませんが、時間的にルーズな発表は聞くに堪えません。

時間的に制限があるからこそ、短く、わかりやすく伝えることに工夫する・聞き手側も集中力が持続する。

制限がないと、いいものは生まれません。

この点は、私が尊敬するガーレイノルズ先生も同様の見解です。

プレゼンテーションZEN 第2版
金銭的制限は、実験が思いつきます。

大学院での実験は、その費用捻出に非常に苦労します。

ですが、費用の制限をなくした場合どうなるでしょう?もっといくと、実験の時間的制限をなくした場合どうなるでしょう?

私は、いつまでたっても、学位を取れる気がしませんww。

まとめ

「制限」は、一見ネガティブなワードですが、それが完全になくなってしまうと大変なことになるんだってことも認知しながら、ポジティブに捉えることも大切なのかもしれません。

これは、投資に関しても同じです。

全く制限のない投資は短期・集中投資からの大損を生みやすいとも考えられます。

やはり、誰かに監視してもらうこと・自分の中にルールを決めること・それを履行することは大切です。


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